「どうもぉ、ゴージャス松野です(とびっきりのゴージャススマイルで)」
おぉ、のっけからテンション高いですねぇ。松野さんのご登場、最高に嬉しいですよ。
松野さん、週をまたいだ2話目だからって毎回毎回挨拶なんてしなくて大丈夫ですよ(笑)
「いやいや、今日も仕事をいただけて、それを頑張ることができる。毎日が感謝ですよ、だから心の底からご挨拶させていただければと思ってですね、も、もしかして御気分を害されましたか?」
もう全然全然! 害するも何も、こちらとしても嬉しいですよ。お気の済むまで挨拶しちゃってください!
で、前回の続きなんですけど、壮絶な離婚劇の後ってどうされてたんですか?
「前回もお話しした通り、社会復帰しようと思って就職活動をしたんですが、マスコミ報道のおかげで、ボクの印象はどこへ行っても最悪な印象で・・・・・・、履歴書も見てくれませんでした。そんな中、突然出て行った妻がもしかして帰ってくるんじゃないかって、気まぐれに帰ってくるような気がして、待って待って待ちくたびれて、しばらくは泣き暮らしていたんですが、お金も底をつき、キャッシングの借金は雪だるま式に増えてと、もうどん底でしたね」
あちゃちゃ〜(汗)
「切実でしたね。若い人の貧乏は夢も希望もある貧乏じゃないですか、体力だってあるしなんでもできる。でも、ボクの貧乏は将来は真っ暗、体力はほとんどゼロ、夢や希望なんて見ることも許されないタイプでしたしね(苦笑)」

でも、前回おっしゃられてましたけど『なんでもやってやる!』って思ったんですよね?
「もちろんです、でも『なんでもやってやる!』ってのはある意味、時の流れに身を任せて、なにかアクションがあれば迷うことなく乗っかるって感じで考えてたんです。裁判が終わったとき、ボクは社会的な地位も信用もなかったし、手元に残ったものなんてなんにもなかった。じゃあ何が出来る? どこへ行っても履歴書さえ見てくれない、社会復帰は不可能、だったら自分の経験を活かして人生相談をやってみようって思いついたんですよ!」
じ、人生相談ですか!!
「そうです。街中に机をひとつ置いて、みなさんの悩みを聞くことだったらボクにもできるかなって思って、善は急げですぐに九州は福岡、中州に飛んで行きました」
またなんで九州は福岡なんですか?
「なんででしょうかねぇ、気持ち的に温かい所から始めたかったんですかねぇ」
荒みきってましたもんね・・・・・・
「あれは4月頃だったからちょうど桜の季節ですね。『よし、この桜前線に乗って、ここから這い上がるぞ!北上するぞ』って気合いを入れたことを覚えていますね。ボクはね、そうとう芸能時代はプライドの高い人間でした、そのプライドこそが生きて行くために一番厄介なものだってことに初めて気づきましたね。お世話になっていた方にも『今の君なら弱い人の気持ちがわかるんじゃないか?』って、人生相談の仕事に賛成してくれましてね」
客足はどうでしたか?
「思いきりましたよ、そのとき。ボクは初めて沢田亜矢子の名前を自分の売り文句に使ったんです。『沢田亜矢子の元夫』ってね、このおかげで社会的地位も失ったけども、逆にこのおかげで名前も売れたんだし、それで商売してやろうじゃないか!って腹をくくってね」
まったく悪くないと思いますよ、かなり話題になったんじゃないですか?
「最初のころは華やかなスタートでしたね。判決が出た後辺りから、マスコミの風向きがボクを擁護してくれている感じに少しずつ変わり始めてですね、テレビ、新聞、雑誌等、いろんな媒体が取材に来てくれて、これはトントン拍子かもと勘違いしましたね」
か、勘違いですか!?
「ですね、マスコミが去った後が寂しいんですよ。というかものすごく恥ずかしくて、街行く人の視線が痛くて痛くて『今日は行きたくないな』とか思ったり、『自分の人生のことも解決できてないのに、なにが人生相談だ』って野次られたりと、結構辛いこともありまして(苦笑)」
まぁ、たしかに間違ってはいませんけど、松野さんだって必死でやっているのに・・・・・・
「いえいえ、その方のおっしゃる通りです。で、相談料は一人だいたい2000円とかで、1日に5〜6人くらいだったかな。もちろん、商売になんて全然ならなかったですよ。でもですね、自分でも『冷やかしてくる人ばかりかもな』って思ってたんですけど、ボクの前に座る人はみなさん本気で相談しにきてくれていて、悩みも切実なものばかりなんですよ」
人生のどん底の底を蹴った松野さんなら私の話も聞いてくれるだろうみたいな感じですね。
「そうだと思います。浮気相談から子どものこと、ここではお話しできないような重いものも少なくなかったですね。人生相談を通じて思いましたよ『孤独なのはボクだけじゃないんだな』って。相談をしていくうちに、こんなボクでも社会の役に立つんだなって、逆に勇気づけられました」
松野さんのおかげで元気になった人はきっとかなりいると思いますよ。
「だと嬉しいですね。でね、人生相談を続けている中で、なんと月刊の結婚情報誌から人生相談の連載を持ちませんか?ってお話を頂いたんですよ(喜)」
スゴい! やったじゃないですか! そしてその結婚情報誌の編集者もある意味スゴい!!
「結婚情報誌ということは、悩みのほとんどが恋愛ですよね。泥沼離婚していますし、正直ホントに私でいいのか?とも思いましたけど、アクションには何でも乗っかるって決めてましたから、ふたつ返事で快諾させていただきました。くたびれた体がひとつ、商売道具は机ひとつで始めた人生相談が、時を経て新しい仕事を生んだわけですし、ほんとに嬉しかったですね」
連載はどのくらい続いたんですか?
「半年ちょいですね。連載としては続いたほうだと思います。別に恋愛の達人というわけではありませんが、ひとつひとつのお便りに誠実に、時間をかけて、必死に考えてお応えさせていただきました。その頃になると、ボクをケチョンケチョンにバッシングしていたマスコミがだんだんと好意的になってきてくれて、男性記者からは『前妻さんは理不尽過ぎますよね』とボクを励ましてくれたり、とあるワイドショーのデスクに電話すると、一目散で取材にきてくれて、ボクの同行を取材してくれたりと、なんか全部がいい方向に回り始めたなって思いましたね」
這い上がったって状態にはまだまだかもしれませんが、よくもまぁあの状況からそこまで上げましたね?
「そうですよね、自分でも頑張ったかなって当時も思ってました。で、そのままの勢いで桜前線とともに北上したボクを待ってたのは、ホストという未知の世界だったわけなんですよ」
とうとうでましたか!
「ワイドショーが大好きな方は、ボクの印象の中にホストってものは絶対に入っているでしょうね。でも、人生相談という経験、勇気がなかったら、ホストをやろうっていう度胸や根性、覚悟なんて湧き出てこなかっただろうと今でも思いますね」