
で、6年半の長寿番組が終わるわけですけど、次のヴィジョンっていうのは当時考えてらっしゃったんですか?
「とある理由でものまねはもうやらないって思ってたんですけど、岩本恭生さんに『お前、ギルガメが終わったら芸能界終わっちゃうよ。1本しか枝がない芸人はダメだよ』って言っていただいてですね、恭生さんが日テレで始められたものまね番組に出るようになったんですよ」
「いやぁ、そう簡単に消せるもんじゃなかったですね。もう伝説化してましたから。正直、今でも消せていませんからね(苦笑)」
当時、『テツワン探偵ロボタック』って子ども番組にもご出演されてましたよね?
「えぇ。東映の子ども番組で“さざんかさん”ってアパートで一人暮らしをしている中年の役でね。その頃からかな、ものまねの営業とかに行くとそれまでは野太い男性の『ギルガメッシュ』って声が多かったんですけど、子連れのおかあさんが足を運んでくれるようになって、子どもに『ほら、さざんかさんだよ』って寄ってきてくれるようになって『あ、ファン層が少しづつだけど変わってきたかな』って思えるようになりましたね」
でも、せっかくの伝説なわけですから、それを放棄することが正しいというわけではないのでは?
「その通りですね。当時は事務所も『イメージを変えていこう』って動きで、芸名を本名に変えるか? まで話が進んだこともあったんですけど、僕自身が段々と『今までのイメージを残しつつできないものか』って考え始めたんですよ。芸名を変えたとしても、はたして“岡田”って呼ばれるだろうかと。絶対にイジリーって呼ばれるわけですし」
しかも、そんな時期にまたもや強烈な伝説を残されますもんね(苦笑)
「それは『よろしクリクリ、クリトリス!』のことですかね?(笑)」

「フジの27時間テレビの深夜に『めちゃイケ』の枠がありまして、ナイナイを中心にお笑いの中堅所が回答席に座っててですね、矢部君が司会をしてるわけでして。それで、Hな問題になると『オレにはできひんよ』って空気を矢部君に出してもらって『これは僕にはできませんけど、このためにとあるゲストを呼んでいます』って橋渡しをしてもらって僕がドーンと登場したわけですよ」
「ですね! 『よろしクリクリ、クリトリス!』ってドカーンとね(笑)」
「矢部君に『ちょっと、生でなんてこといわはるんですか!』って突っ込まれつつ『この人にも挨拶してください』って振ってもらったんで、局アナの顔を覗き込みながら『よろしクリクリ、クリトリス! イジリー岡田です!!』ってもう1回ね(苦笑)」
いやぁ、伝説の中の伝説ですよ! 関係者は驚いたんじゃないですか?
「クリトリスなんて言葉、生放送どころかテレビで言った人はいないでしょうからね。楽屋裏とか、ルミネでスタンバってた若手の芸人たちも全員こけたらしいです(笑)」
「実は台本にあったんですよ。僕自身も『これをテレビで言うのか?』って思いましたよ。でも、絶対に番組を爆発させなきゃいけないと思ったし、スタッフの意気込みもハンパじゃなかったし、この台詞を言うか言わないかで揉めましたけど、尊敬する演出家の方からも『絶対に言ってください』って言っていただいて、この言葉が大切なキーワードなんだったら思い切り行こうって、イメージがどうだとか中途半端な気持ちでやったら絶対に視聴者に見破られちゃうから思いっきり言ってやろうって」
いい話ですねぇ・・・・・・、けど、ぶっちゃけクリトリスです(笑)
「アハハハハ! まぁそうですよね。でも、深夜なのに12%取ったんですよ! 結構前の話ですけど、こないだ『あ!よろしクリクリ、クリトリスの人ですよね』って言われましたから」
「もう6年くらい経ってるのにね(苦笑)。そん時に悟りましたよ『オレはこっちで伝説を作っちゃってるんだな。欽ちゃんが好きって一生懸命な時代があった。ギルガメのイメージを消そうって時代もあった。でも、それを求めてる人がいるんだったら、それを隠さずというか、それを出すことにしよう、あえて出そう!』って。だからですね、最近は自分からギルガメッシュサインを出しますよ。自分からそれを隠すことはやめようというか、非常にオープンにというか、今は思いっきりできるようになりました。ギルガメが終わって9年くらいですけど、何も隠すことはない、ギルガメには感謝してますし、ギルガメがなかったら今の僕はなかっただろうし、そんな時代をこれからの人たちに伝えて行けるのは僕しかいないですしね」