
●銀座じゃ、『添い寝の楽さん』って呼ばれてましたよ
「前座のころから銀座とか六本木の高級なお店、行ってましたよ。うん。何カ月か働いてね、お金が貯まったてから行ってたの。面白いショーとか演ってたし、あのころのホステスさんとかお客さんとか、みんな粋で、遊びがいがあったからねえ。」
「あのね、銀座のねえちゃんたち、よく部屋に泊めてくれましたよ。『楽さんなら、いいわよ』って感じで。えっ? いや、色っぽいことなんてなにもない。ベッドの下に寝てね、せいぜい手つなぐだけ。『このまま電車に乗ってる夢見るよ』なんていったりして……。で、ついたあだ名が『添い寝の楽さん』(笑)。」
「そりゃ我慢してましたよ。粋ってゆうのは多少我慢が必要ですから。なに? それは修行かって? ちがうちがう。もう、わかってないねえ、あなたも。遊びですよ。あ、そ、び。」
「そんな遊び方してるとね、みんな面白がってくれるわけですよ。うん。当時のサントリーの専務さんなんかが『楽ちゃん、面白い飲み方してるらしいじゃないか。どこか一緒に行くか?』って誘ってくれたりするんですね。行きましたよー、銀座のラドンナとかセレンピーネとか。僕まだ20代ですよ。そんな歳でね、そんな名店で遊べちゃうんですから驚きです。我慢したかい、あったかなあって(笑)。」
「銀座の名店の感想? そりゃ、すごいの一言。『よくきたわねえ』なんて歓迎されて、『今日は若い子つけてあげるから、ゆっくり遊んでってね』って言われて、で、でてきたのが45才のおねえさんだったり。ハハ。」
●大先輩に奢るってことはね、とっても名誉なことなの
「江戸っ子は宵越しの銭はもたないっていうじゃないですか。僕、前座から二ツ目と、ずっとそんな感じで遊んでました。うん。『オレは昨日、今日の金持ちだあ』って。だから落語界の中でも『楽太郎はよく飲み、よく遊ぶ』っていう目で見られてましたね。」
「そう見られて悪いこと、別になかったですよ。逆に有難いことのほうが多かった。お酒のお好きな師匠連中とかがね、『おう、楽、おめえ、よく遊んでるらしいな。いっしょに飲みに行こうぜ』って誘ってくれるんですから。でね、その席で乙な飲み方教わったり、滅多に聞けない芸談なんかを聞かせてもらったり。」
「馬生師匠の飲み方は乙でしたよ。小料理屋とかで菊正の樽酒をね、よく冷えた細いグラスで飲むんですけど、『お腹はね、ドブじゃないんですから』って、つまみはぐい飲みにポチポチと三つくらいしかならべない。箸をなめながら美味しくお酒を楽しむっていう格好です。ご機嫌になると、カウンターで味わい深い独演会がはじまる。で、さらに興が乗ってきたら三味線をつま弾いて小唄歌ったりね……。いい形なんですよ、これが。」
「もう一つ馬生師匠で印象的だったのは、僕に奢らせてくれたところかな。『お前にならそろそろ奢ってもらってもいいや』ってお店の勘定払わせてくれた。これは、ほんとうに嬉しかったなあ……。」
「えっ? いっている意味わからない? なんでお金払って喜んでるかって? もう仕様がないなあ、野暮な質問して。んじゃ、まあ解説しますけどね、あの大先輩が僕に奢らせたってことはね、僕のことを落語家として認めてくれたってことを意味するんですよ。たとえば僕が変な奴で、未熟者だったら『おめえみたいな奴に奢られたらこっちの看板が下がらあ』ってんで、普通は奢らしてもらえないの。わかる?」
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