| 案内人 |
Jポップバー『じゅりあん・それる』プロデューサー 大倉弘さん
98年、新宿ゴールデン街初の総合Webサイトをたち上げ、停滞していた街をアピール。街を若がえらせた、ニューウェーブ系の牽引役的存在。 |
| Q&A |
| ■新宿ゴールデン街ってどんなところ? |
| 小さな『スナック』や『バー』がたくさん集まってできた街。どの店も狭いしキレイとは言えないけれど、安く飲める。朝までやっているので、終電後にふらっと行っても飲めるし、2、3件ハシゴする人も多いですね。 |
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| ■ニューウェーブ系のお店って? |
この3年間で43の店が新規オープンしたのですが、大半のオーナーが20代・30代の若手なのです。彼らが作った店はアジアっぽいラウンジだったり、サイバーテイストだったり。ゴールデン街の旧来型スナックとは一線を画する店をいいます。 |
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| ■ゴールデン街は怖いというのは……。 |
| たしかに以前は、議論好きのオジサンが偉そうにしていたり、時に殴り合いの喧嘩があったりしましたね。ママやマスターも泥酔した客を追い出したりしてたので、「怖い」というイメージができたのでしょう。でも、今は安全ですよ。泥酔した人は困りますけれどね。 |
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| ■一見さんお断りじゃないですか? |
古い店には今でも一見さんお断りの店はありますが、ニューウェーブ系は大丈夫ですよ。ただ狭いので、混むとどうにもならない。その意味では常連さんと一緒に行けば、無理して席を作ってもらえるような、無理のきく可能性もありますね。 |
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| ■ぼったくられる可能性はナイですか? |
料金が不明瞭な店はほとんどナイですよ。ニューウェーブ系の店はどこもチャージ料を決めているし、キャッシュ・オン・デリバリーの店もある。普通のバーと変わらないですが、料金的には断然ゴールデン街が安いはずです。 |
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| ■新宿ゴールデン街の歴史 |
新宿ゴールデン街の誕生は昭和25年。戦後、新宿駅周辺に立ち並んだバラック(仮小屋)が集団移住して出来た。晴れがましくもいかがわしい名前の由来は、最盛期には街娼150人、私娼2000人を抱えた新宿最大の色街(青線)だったからだ。その後、昭和33年に施行された売春防止法によって、飲み屋街として再スタート。入り組んだ地権、その他様々な状況があり、開発の波から完全に取り残されていく。
街が再び脚光を浴びたのは60年代後半。新宿文化人のサロンとなっていたゴールデン街は、作家・佐木隆三の直木賞受賞によって世に知らしめられる。酒は安い、ツケがきく、情に厚い。青線時代から続く伝統は貧乏だけれど気概に溢れる、駆け出しのジャーナリストや映画人、演劇人の格好のたまり場になっていた。 |
だが90年代に入ると、街は輝きを失っていく。バブル期に都市開発という名の地上げにさらされ、閉店が相次いだ。最盛期には300店近くあったと言われる店は一時期140店程度まで激減。朽ちかけた建物同様に、終わっていく街に思われた。 |
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